サーフィンの起源と歴史【日本のサーフィンブームも】

EASTWAVE

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サーフィンが好きすぎて海の前に移住。
サーフィン業界の仕事に関わる隙間に毎日のようにショートボードでサーフィンを楽しむライフスタイルを送る。
サーフィン歴は30年以上。

脈々と途切れることなく岸へと寄せるうねりは太古の昔から続いています。
はたしてサーフィンはいつどこでどのように発祥したのでしょう。
そしてどのような経緯を経て今に至っているのでしょうか。

今回はサーフィンの起源から現在に至るまでの歴史について書いてみたいと思います。

サーフィンの起源

古代ポリネシア人がアウトリガーの付いたカヌーで大波に乗っていた!?

記録上人類で最も古くサーフィンを始めたのはハワイなどの太平洋オセアニアに存在した古代ポリネシア人と伝えられています。

古代ポリネシアの人々はコロンブスやマゼランによる大航海時代よりもはるか以前から高度な航海技術を持っていたそうです。

そのような彼らが発明したと物の一つとしてウトリガーカヌーがあります。

アウトリガーカヌーは、左右もしくは片側に浮きが付いたカヌーで横揺れに対する安定感に優れ転覆しづらく、外洋まで出て漁を行うことが出来ました。

彼らが住む海岸近くには常に波が立っており、漁から戻る際はそのアウトリガーカヌーで波に乗り陸に戻ることが出来たそうです。

漁の技術の一つでもあった波に乗ることが、いつのまにか娯楽としても楽しまれるようになり、アウトリガーカヌーは次第に小さくなり、木製のオロやアライアと呼ばれるサーフボードの原形として誕生したのだと伝えられています。

これらのことはその後イギリス人の探検家ジェームス・クック船長によってハワイで目撃されており、彼の航海日誌に記録されていたことが西洋におけるもっとも古いサーフィンの記録のようです。

出典:Surfing For Life BISHOP MUSIUMアーカイブ

当時サーフィンはハワイの社会、宗教、文化に密接に関わっており無くてはならない要素だったようです。権力者は波に乗る技術やどれだけ大きな波に乗ったかということが、自身の権力に影響していたようです。

それ以降、ポリネシアの島々はヨーロッパの文化や宗教に影響されて行きます。
宣教師たちはハワイの宗教に関わるサーフィンは布教の妨げになるとしサーフィンを禁止してしまったのです。
ここで古代サーフィンは終焉を向かえることになります。

近代サーフィンのはじまり

禁断のサーフィン。なぜかワイキキだけが黙認された!?

古代サーフィンが消え去ったその後、20世紀に入り再びサーフィンをする動きがハワイで始まりました。
教会の宣教師たちはこれを阻止しようとしたそうですが、何故かワイキキだけは黙認されたようです。

理由は不明ですが、当時ハワイにはアメリカやヨーロッパから移住してくる人が多く、彼らが海から離れることを守ろうといった説があります。

これをきっかけにハワイの先住民だけでなく、移住者もサーフィンを楽しむようになり広がったと言われています。

サーフィンを世界に広めたデューク・カハナモク

ハワイでサーフィンが広がる中、近代サーフィンにも繋がる大きな貢献をしたのが、近代サーフィンの父と言われるデューク・カハナモクです。

出典:SurfingForLife
BISHOP MUSIUM アーカイブ
ワイキキビーチに立つデュークカハナモク像 出典:WIKIKI TOROLLY

彼はカルフォルニアに初めてサーフィンを伝えた人で、カルフォルニアのビーチで最初にライフガードになった人でもあります。
1907年には日本の漁師7名を救助したといった偉業も持っています。

サーファーとしてだけでなく、スイマーとしても卓越した技術を持つ彼は、オリンピックでの100m自由形競技にて世界記録を達成してし、またそれからの17年間世界一の座を維持し続けてしまいます。

一躍世界的スタートなった彼は世界各国から招待されるようになり、招待された国々でサーフィンの普及にも力を注ぎました。

ロングボードの時代に

アライヤからロングボードへ、そして素材も木製からPUへ進化!

デューク・カハナモクのサーフィン普及活動により、近代サーフィンの波がハワイをはじめ、アメリカ オーストラリアなど世界各地で急速に発展します。

アライアを抱えるデューク・カハナモク 出典:LosAngelseTImes BISHOP MUSIU アーカイブ

1960年代に入ると、それまでのアライヤからロングボード主流の時代に入ります。

当時のロングボードは木製が主流でしたが、その後バルサ材に移行をし、第2次世界大戦後には様々なシェイパーやサーファーによって軽量で扱いやすく乗りやすいサーフボードが考えられ、現在でも主流となる製法のウレタンフォームにグラスファイバーでラミネートするサーフボードへと進化をして行きます。

コンテストシーンの始まり

現在のサーフィンにも多大な影響を与えるサーフィンスターが誕生!?

カルチャー、ライフスタイルとして楽しまれるサーフィンも、1970年代に入ると世界選手権が開催されるなど、コンテストシーンによってもサーフィンが魅了されるようになります。

出典:ISA

サーフボードもロングボードから、更に自由度の高い見応えもあるショートボードへとブームは移行して行きます。
当時のショートボードはロングボードからの流れもあり、シングルフィンが主流でした。

世界選手権で世界のトップに君臨していたサーファーとして、マーク・リチャーズ、サイモン・アンダーソンが居ました。

トップサーファーでありシェイパーでもあった彼らが、この後のサーフィンやサーフボードに革命を起こします。

ツインフィンとトライフィンの誕生

よりコンペティシブなボードとしてマークリチャーズによって生み出されたツインフィン

1970年代のコンペシーンで使用されていたサーフボードは、ショートボードであってもシングルフィンで出場しているサーファーが大半でした。
マーク・リチャーズもサイモン・アンダーソンもシングルフィンのショートボードで華麗な演技を見せていました。

しかしシングルフィンはスモールコンディションでのパフォーマンスに限りがありました。

現在でも有名なシェイパーの一人、ディック・ブリューワーを師としてアドバイスを受けるマーク・リチャーズは、「スモールコンディションでも動きの良いサーフボードは出来ないものか」と相談しました。
そこで誕生したのがツインフィンです。

自ら生み出したツインフィンを乗り越すマーク・リチャーズ 出典:SurfCareers

このマーク・リチャーズのツインフィンは、MRというブランドで今でもマニアが居るほど注目を浴びたボードです。

カルフォルニアのサンディエゴの閉鎖的な土地で生まれ、その後徐々に拡散して知られるようになったサンディエゴフィッシュも参考になっていると聞きます。

マーク・リチャーズは、自らに開発したこのツインフィンボードで、7年連続の世界チャンピオンといった偉業を達成してしまいます。

サイモン・アンダーソンはツインフィンが嫌いだった!?

ツインフィンがブームとなる中、大柄でパワフルなサーフィンを心情とするサイモン・アンダーソンは、どうもツインフィンが向いておらず好みませんでした。

そこでツインフィンの動きの良さと、シングルフィンの直進性やドライブ性に優れた利点を活かし、フィンを3本セットしたスラスターデザインを誕生させました。

この後、サイモン・アンダーソンの活躍やスラスターに乗るサーファーの活躍により、一気にスラスター(トライフィン)ブームの到来となり、現在での主流となるきっかけにもなりました。

トレードマークのレイバックを決めるサイモンアンダーソン 出典:SurfinWorldMagazine

日本のサーフィンの歴史

日本におけるサーフィン文化の始まりは、第2次世界大戦後アメリカ進駐軍の兵隊が湘南や千葉でサーフィンをしているのを見た少年たちが、フロートと呼ぶ自作ボードで真似たのがきっかけと言われています。

その少年たちが今の日本のレジェンドと言われているサーファーでしょう。

1970年代第1次サーフィンブーム

筆者の先輩に当たる方々の時代です。著者は当時小学生でした。

シングルフィン、ツインフィンといったボードが主流で、
雑誌『ポパイ』でもサーフィンはよく取り上げられ、フォルクスワーゲンの上にボードを積んでといった時代でしょうか。

銀座や六本木でキャリアにボードが固定された車でナンパに励む「丘サーファー」が沢山出没したといった時代でもあります。

海でサーフィンして来た週末の夜は、ディスコでフィーバー!
ファッションはIVY(アイビー)で「VAN」というブランドが流行っていました。

アメリカではベトナム戦争によるヒッピーカルチャーの時代だったので、ロン毛のサーファーも多かったかなと記憶にあります。

1980年代第2次サーフィンブーム

裕福になって来た日本において、様々なカルチャーやブームが到来した時代です。
筆者は青春を謳歌していました。

車は赤いマツダのファミリアにキャリアでサーフボードを積むのが人気に。
雑誌「Fine」の全盛期で筆者もファッションやカルチャーは、このFineを必ずチェックしてブームに乗ったものです。

出典:DIGITAL SURF

ファッションはクイックシルバーやビラボンなど派手めな色のサーフブランドを身にまとうのがカッコいいとさていました。

筆者の決定的なサーフィンを始めるきっかけにもなった世界選手権が日本で開催され始めたのもこの頃です。

TVでは「オールナイトフジ!」という番組で、ドジ井坂氏が「明日の湘南の波情報~」と言いながら波情報を伝えていました。
その頃、丸井サーフィン世界選手権がTV放映され、あまりのカッコよさと衝撃に、とにかくモテたいと願う少年の私は迷わす「サーフィン始めるぞ!」と熱い決意をしたものです。

トム・カレンマーク・オキルポマーチン・ポッターシェーン・ホランなど当時のスターが、青々と透き通った新島の海に刻むライディングと、派手な蛍光色のウェットスーツが強く象的でした。
今じゃ恥ずかしくて、とても着れないウェットスーツカラーです。

コンペシーンではNSAの大会だけでなく、ローカル大会、またサーフショップも多くショップの大会も多く行われました。
日本でもコンペティション全盛期だった時代と言えるのではないでしょうか。

1990年代第3次サーフィンブーム

この時代はスノーボードのブームとも重なり、サーファー、スケーター、スノーボーダーがリンクした時代と言えます。

ストリートカルチャーともシンクロして、サーファーもストリートやクラブで遊ぶといった方も多かったのではないでしょうか。

ファッションは今でも人気なVOLCOMなど、サーフブランドでもストリートファッションとリンクしたブランドが増えてきた時でもあります。

テイラー・スティールのサーフビデオ「モーメンタム」をきっかけに、ケリー・スレーターロブ・マチャドテイラー・ノックスタジ・バローディーン・モリスンなど、新世代のニュースクーラーと、人気サーファーが入れ替わりました。

ケリーが乗る細く薄くシャープなボードが一般的になった時代でもあります。

まとめ

サーフィンの歴史について、筆者が通って来た経験を含めて書いてみました。

現在はスタイルもサーフボードも、そしてサーファーのファッションも何かと自由な時代。
悪く言えば個性を感じない時代。
若い人の車離れ、海離れ、そしてサーフィン離れもあり、サーファーも高齢化してきました。

ここ最近は以前のようなサーフィンブームのような盛り上がりは懐かしいものになってしまいました。
やっぱりサーフシーンが盛り上がっていた時代って、活気があり楽しかったと懐かしくも思えます。

次なるサーフィンブームは到来するのでしょうか?
ぜひオリンピックによって、また熱いサーフィンブームが到来することを期待したいですね!

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